クリスマスイブは

ブタとデートでした。

豚舎に足を一歩踏み入れると。

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「ヒャッハー!! 人間だー!!」という感じ。

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こちらに殺到するブタたち。すごい勢いなので、けっこう怖い。

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「おいおまえ! えさはないのか!」という感じ。

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当然、やる気のないやつもいます。とてもブタらしくていいですね。

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赤ちゃんブタ。

分娩室(ブタ用)も見せていただきました。偶然、ブタの出産シーンも見ることができました。

ブタ、というとき、決して少なくない侮蔑が込もるのはなぜだろう。たとえば、誰かのうわさ話をするとき「あの人、ブタみたいね」というと、最大級の侮辱となる。友人に「このブタ野郎!」といえば、そこで殴り合いが始まってもおかしくない。

しかしながら、わたしたちはどれほどブタに世話になっているのだろうか。改めてここで考えてみたい。わたしはトンカツが好きなので、懐具合が許せば三日に一回ぐらいはトンカツを食べたいし、豚丼、豚汁といったメニューも大好き。最近は関西にもやきとんを出す店が増えてきてうれしい限りだ。

加えて、我がイーコスでは、食品廃棄物を家畜飼料にリサイクルしましょうと、お客さんに提案している。つまりは、捨てられている食品を、ブタが食べてくれるように、手を尽くすのが、我々の仕事のひとつだ。食べてくれなければ、我がイーコスの事業は成り立たない。

有り体に言えば、ブタのおかげでわたしは生計を立てられる、といってよいかもしれない。ならば、わたしは彼らにもっと感謝しなければいけないのではないか。せめて「ブタ」という言葉にこめられた侮蔑や哀しみといったものを、少しでも薄めることはできないか。

と思ったけど、そんなこと不可能だ。